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押村光雄 1914年にボヴェリ (Theodor Heinrich Boveri、1862-1915) が発表した「がん発生の原因は染色体異常にあり」という仮説は、今日では実証済みの定説になっている。 ほとんどすべてのがん細胞は、染色体異常を持つ。代表的なものは、1)染色体数が不足または過剰になる「染色体異数性」、2)がん遺伝子の活性化に関連する「染色体転座」、3)がん遺伝子や増殖因子を大量に発現させる「遺伝子増幅」、4)がん抑制遺伝子の機能を消失させる「染色体欠失」や「染色体消失」、といったものである。 染色体の増加は、その染色体上の遺伝子コピー数の増加を意味するが、必ずしも特定遺伝子の発現上昇だけで発がん性を明確に説明はできていない。たとえば、ジエチルスチルベストロール(diethylstilbestrol : DES)と膣がん(または子宮体がん)との関係である。DESは、突然変異は誘発しないが、発がん性を持つ物質として原因解明の研究が盛んであった。しかし結局、染色体異数性を誘発し、それががん化のステップを踏む一因となると考えられるが、直接がん遺伝子の発現にかかわっているかは明らかになっていない。このことは、アスベストによる中皮腫との関係も同様と考えられている。また、先天異常である21番染色体(Chr21)が1本多い(トリソミー)ことが原因であるダウン症の種々の症状は、Chr21上の遺伝子の発現上昇が直接的原因であるかは不明である。 このような状況の中、最近、染色体異数性がその染色体上の遺伝子ばかりでなく、その他の多くの遺伝子の発現に変化をもたらす現象が明らかになってきた。すなわち、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということである。本稿では、染色体異数性に基づくエピジェネティクスの変化について、実証例を紹介し、発がんや発生異常などへの異数性の意義について問題提起したい。
押村光雄
1914年にボヴェリ (Theodor Heinrich Boveri、1862-1915) が発表した「がん発生の原因は染色体異常にあり」という仮説は、今日では実証済みの定説になっている。
ほとんどすべてのがん細胞は、染色体異常を持つ。代表的なものは、1)染色体数が不足または過剰になる「染色体異数性」、2)がん遺伝子の活性化に関連する「染色体転座」、3)がん遺伝子や増殖因子を大量に発現させる「遺伝子増幅」、4)がん抑制遺伝子の機能を消失させる「染色体欠失」や「染色体消失」、といったものである。
染色体の増加は、その染色体上の遺伝子コピー数の増加を意味するが、必ずしも特定遺伝子の発現上昇だけで発がん性を明確に説明はできていない。たとえば、ジエチルスチルベストロール(diethylstilbestrol : DES)と膣がん(または子宮体がん)との関係である。DESは、突然変異は誘発しないが、発がん性を持つ物質として原因解明の研究が盛んであった。しかし結局、染色体異数性を誘発し、それががん化のステップを踏む一因となると考えられるが、直接がん遺伝子の発現にかかわっているかは明らかになっていない。このことは、アスベストによる中皮腫との関係も同様と考えられている。また、先天異常である21番染色体(Chr21)が1本多い(トリソミー)ことが原因であるダウン症の種々の症状は、Chr21上の遺伝子の発現上昇が直接的原因であるかは不明である。
このような状況の中、最近、染色体異数性がその染色体上の遺伝子ばかりでなく、その他の多くの遺伝子の発現に変化をもたらす現象が明らかになってきた。すなわち、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということである。本稿では、染色体異数性に基づくエピジェネティクスの変化について、実証例を紹介し、発がんや発生異常などへの異数性の意義について問題提起したい。