生命科学の進展に寄せて : 食の「安全・安心」における科学者の役割

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唐木英明

人間には、自分の身を守るために、危険を回避しようとする本能がある。危険を避けるためには、安全か危険かを一瞬で見分けなければならない。そしてその判断がつかない場合は、大きな不安を感じると同時に、安全ではないものはすべて危険なものとする二分法で判断する。危うきに近寄らず、である。しかし、安全と危険の間にはグレーゾーンが存在する。二分法での判断ではすべて危険となってしまい、何にもできないことになる。そこで、人間は、本能的・直感的にリスクを計算したうえで、それが自分にとってメリットがあるかデメリットがあるかで判断する。ダニエル・カーネマンは、最も論理的、理性的な根拠に基づいて動いていると思われていた経済活動もこのような本能的・直感的な感覚によって動かされていることを明らかにし、ノーベル賞を受賞した。

このような本能の2つの働きから、人間には、危険情報や利益情報には敏感で、安全情報は無視する傾向がある。危険情報や利益情報を逃すと身を脅かされたり、損をしたりするが、安心の情報は逃してもデメリットはない。現代は、メディアからさまざまな情報を得ており、それが直感的な判断の基となっている。2007年6月24日の朝日新聞に掲載された、世論調査への回答の仕方について調査した結果は、驚いたことに、多くの人が「直感で」と回答し、その直感の基となるものは自分の経験や知識ではなく、メディアから得ていると答えている。そのメディアは、危険情報を大きく扱う一方で、安全情報はほとんど取り上げない。それゆえ危険情報があふれるのだが、その情報に間違いがある場合がある。化学物質に関しては、非常に多量で起こる動物実験の結果が、規制値以下の量でも人間に起こるかのような言説が流れている。このような科学的な根拠が薄い危険情報は、無用な不安を引き起こす。たとえ誤った情報でも一度「危ない」とインプットされ、不安を抱いてしまうとなかなか解消されない。危険なものに無関心だったり、安全なものを危険と勘違いをすることは、食の安全と安心を確保するうえで大きな問題である。