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井上蘭,森寿 恐れや怒り、喜びなどの感情は、ヒトの適応行動に必要な心の働きであり、学習や記憶や意欲などとも深く結びついている。感情を自然科学の対象として取り扱う時には、「情動」とよび、感情に伴う自律神経活動の変化(心拍数や血圧の変化など)やそのほかの身体的変化(顔の表情、筋の緊張の変化など)、あるいは感情が生じている時に示す行動変化などを研究対象とする。情動に関する記憶は獲得されやすく、また長続きすることがヒトや動物における実験で示されている。たとえば、私たちにとって悲しく辛い出来事や恐れは、情動記憶として脳裏に深く刻まれ、私たちはこれらの情動記憶をもとに特定の行動を避けることを学習する。現在、分子生物学や遺伝子工学の発展で、情動学習の脳神経機構を分子レベルで追求することが可能になり、情動制御にかかわる脳内システムの理解が進んできている。本稿では、我々の研究を中心に、情動学習にかかわる脳部位である扁桃体特異的遺伝子操作法の開発と、神経伝達分子であるグルタミン酸受容体の機能について、げっ歯類を用いて解析されている研究成果を概説する。
井上蘭,森寿
恐れや怒り、喜びなどの感情は、ヒトの適応行動に必要な心の働きであり、学習や記憶や意欲などとも深く結びついている。感情を自然科学の対象として取り扱う時には、「情動」とよび、感情に伴う自律神経活動の変化(心拍数や血圧の変化など)やそのほかの身体的変化(顔の表情、筋の緊張の変化など)、あるいは感情が生じている時に示す行動変化などを研究対象とする。情動に関する記憶は獲得されやすく、また長続きすることがヒトや動物における実験で示されている。たとえば、私たちにとって悲しく辛い出来事や恐れは、情動記憶として脳裏に深く刻まれ、私たちはこれらの情動記憶をもとに特定の行動を避けることを学習する。現在、分子生物学や遺伝子工学の発展で、情動学習の脳神経機構を分子レベルで追求することが可能になり、情動制御にかかわる脳内システムの理解が進んできている。本稿では、我々の研究を中心に、情動学習にかかわる脳部位である扁桃体特異的遺伝子操作法の開発と、神経伝達分子であるグルタミン酸受容体の機能について、げっ歯類を用いて解析されている研究成果を概説する。