被爆マリアの証言Witness Of TheAtomic-Bombed Statue of Mary

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マリアさまと平和を!見大司教様の巡礼とともに




写真提供者DEITz 中島秀幸様Photo by DEITz, Co.Ltd., Mr. Hideyuki Nakashima


〈御絵の説明〉より
3千数百人の浦上のキリシタンは、250 年に及ぶ禁教時代の最 後に21 藩に流されたが、1873 年の禁教令高札の撤去に伴い、生 残った大半の者が村に戻った。
彼らは、無一物の中から、パリ外国宣教会司祭の指導のもと、30 年の歳月をかけて天主堂を完成させた。しかし20 年後の1945 年8 月9 日、原子爆弾によって無残に破壊された。
その天主堂の中央祭壇の上に無原罪の聖母マリア像が安置されていた。

高さ2m のこの寄木造りのご像は、ムリーリョの絵をもとにスペインで彫られ、1900 年代初め頃駐日スペイン全権大使のウリバーリ氏によって寄贈されたものと見られる。このマリア像も被爆し、廃墟の中からその頭部だけが発見され、今日まで大切に保管されてきた。2005 年8 月9日以降、被爆60 周年記念事業の一環として新設された「被爆マリア小聖堂」に、迫害時代と原爆の名残をとどめる柿の木の根っ子の一部と共に安置されている。その痛ましい姿は、戦争の愚かさをうれうると同時に、人類の平和と救いの実現を切望してキリストにとりなしをする聖母マリアの胸のうちを代弁している。

                    2010 年4 月4 日主の復活 長崎大司教


〈巻頭言より〉
2010 年の4 月から5 月にかけて、広島と長崎の被爆65年を記念して、36 名の巡礼団を組んでローマからゲルニカへ、さらに単身ニューヨークへ平和巡礼の旅をしました。むしろ、被爆マリアの平和巡礼にお供をさせていただいた、と言った方が正確です。日本を発ってローマ、バルセロナ、ハビエル城(聖フランシスコ・ザビエルの生家)、ブルゴス、マドリード、トレドなどを訪ねました。バチカンでは教皇様に被爆マリアを祝福していただき、1937 年に人類初の無差別空爆を受けた町ゲルニカでは、空爆記念日の4 月26 日に追悼記念式典とミサに参加し、空爆の犠牲者たちの永遠の安息と世界平和のために市民と共に祈りをささげました。被爆マリアがニューヨークへ行ったということは歴史的なことだったと思います。しかもNPT(核不拡散条約)再検討会議が始まるところでした。聖パトリック教会でのミサ、パン・ギムン国連事務総長との会見、パックス・クリスティ(カトリックの平和活動組織)とフランシスカン・インターナショナル(カトリックの平和活動NGO)の協力による諸宗教者や学生との対話集会など、すべてが有意義でした。被爆マリアが、同じ浦上教会から国連本部に寄贈された聖アグネス像と再会したのも感慨深いものでした。
とくにニューヨークでの活動の御膳立てをしてくださった教皇庁国連代表のC. ミリオーレ大司教と日本の角茂樹大使にはこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。被爆マリアは、全世界の人々に、「すべての人との平和を追い求めてください」と呼びかけておられるように思います。今回の旅に何がしかの成果があったとすれば、戦争のおろかさと平和の尊さを訴え続けている被爆マリアの力のおかげです。


                    カトリック長崎大司教ヨセフ 見三明



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写真提供(p.15~17):カトリック新聞社Photos(p.15~17) by The Catholic Weekly


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